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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)198号 判決

上告人

中島徹

右訴訟代理人弁護士

渡辺忠雄

被上告人

野村証券株式会社

右代表者

小畑幸雄

被上告人

大和証券株式会社

右代表者

大越実

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡辺忠雄の上告理由一、二について。

控訴審がその判決の理由を記載するにあたつては一審判決の理由を引用することができる(民訴法三九一条)のであるから、原審のした一審判決の引用に違法はなく、また、所論指摘の主張は、ひつきよう、事実認定又は法律解釈についての主張であつて、原審がこれにつき逐一判断を示さなければならないものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同一、三ないし六について。

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。

ところで、普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対していわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は旧株の時価と等しくなければならないのであつて、このようにすれば旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し資本調達の目的を達成することの見地からは、原則として発行価額を右より多少引き下げる必要があり、この要請を全く無視することもできない。そこで、この場合における公正発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行ずみ株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達を実現するという利益との調和の中に求められるべきものである。

本件についてみるに、原審認定の前記事実によれば、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という。)発行にかかる本件新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)の発行価額は、本件新株を買取引受の方式によつて引受けた証券業者である被上告人らが昭和三六年一月七日に横河電機に対して具申した意見に基づき、同月九日の取締役会において右意見どおり決定されたものであるところ、右意見は、具申の前日である同月六日の終値三六五円、前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五九円一七銭、前一か月(昭和三五年一二月七日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均三五〇円二七銭の三者の単純平均三五八円一五銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四一銭を差引いた三五五円七四銭を基準とし、横河電機の株式の価格動向としては人気化していたため急落する可能性が強く、過去六年間における一か月以内の下落率の大勢は一〇ないし一四パーセントに集中していたこと、その売買出来高が昭和三五年九月から同年一二月まで一日平均一九万三〇〇〇株であるのに比べると本件公募株数は一五〇万株の大量であること、その他、当時における株式市況の見通し等を勘案すれば、本件新株を売出期間中に消化するためには前記基準額を最低一〇パーセント値引する必要がある等の事由による減額修正をして、発行価額としては一株あたり三二〇円をもつて相当とするというのである。このように、右の意見が出されるにあたつては、客観的な資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこにおいてとられている算定方法は前記公正発行価額の趣旨に照らし一応合理的であるというを妨げず、かつ、その意見に従い取締役会において決定された右価額は、決定直前の株価に近接しているということができる。このような場合、右の価額は、特別の事情がないかぎり、商法二八〇条ノ一一に定める「著シク不公正ナル発行価額」にあたるものではないと解するのを相当とすべく、右価額が当該新株をいわゆる買取引受方式によつて引受ける証券業者が具申した意見に基づきその意見どおり決定されたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を異にすべき理由にはならない。そして、本件新株の発行後横河電機の株価が値上りしたことは原審の確定するところであるが、本件発行価額決定時点においてそのことが確実であることを保証する事実が顕著であつたとはいえないとする原審確定の事実関係のもとにおいては、右値上りの事実をもつて特別の事情と認めるには足りず、他に特別の事情を認めるに足る事実関係のない本件においては、本件発行価額が「著シク不公正ナル発行価額」であるということはできないのである。これと同旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人渡辺忠雄の上告理由〈省略〉

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